D3の山口保彦です。去年から始めた研究室オススメ論文紹介ですが、去年の「メンバー全員が1本ずつ論文紹介」という形式から、「各回一人ずつ、一つのテーマに絞って複数(だいたい10本以下)の論文を紹介する」という形式に変更します。頻度はとりあえず2週に1回の予定です。
有機分子プロキシに基づいた古環境復元について
On
the paleoenvironment reconstructions based on organic molecular proxies
初回は、有機分子プロキシについて。古環境復元の研究をしていると、自分の復元結果を他の研究と比較することも多いと思います。その中に、有機分子プロキシを用いた研究もそれなりの割合で含まれてくると思います。その際に、それらの復元結果を鵜呑みにしたり、よく分からないからと無視したりすることもできますが、どちらもあまり良い態度とは言えません。ということで、有機地球化学を自分ではやっていない人でも「この有機分子プロキシどうなっているんだ?」と気になった時に調べられるオススメ論文を挙げておきました。もちろん自分でやりたくなった時でも役に立ちます。
なお、有機分子プロキシは古生物学的な指標(特定生物のバイオマーカー)としても使えますが、今回は物理的・化学的な環境変動パラメータ(温度、降水量、CO2濃度など)の指標となるものに主に着目します。
[General Reviews]
まずはここからというレビュー論文を3本。
Timothy I. Eglinton, Geoffrey Eglinton
Earth
and Planetary Science Letters, Volume 275, Issues 1–2, 30 October 2008, Pages
1–16
→有機地球化学の巨人、Eglinton親子による、「古海洋学における有機分子プロキシ」のレビュー論文。有機地球化学初心者向けに書かれているので、たぶん分かりやすい。ケーススタディの紹介も豊富。
[Keywords] Leaf wax (n-alkane, d13C, dD,
etc), Alkenone (UK37’, D14C, dD), GDGTs (TEX86), fossil
DNA
Isla S. Castañeda, Stefan Schouten
Quaternary
Science Reviews, Volume 30, Issues 21–22, October 2011, Pages 2851–2891
→「湖沼堆積物における有機分子プロキシ」のレビュー論文。かなり詳しく、様々な有機分子プロキシについて解説してある。
[Keywords] Alkenone (UK37’
etc), GDGTs (TEX86, BIT index, MBT/CBT), Leaf wax (n-alkane, d13C, dD, etc), Mycosporine-like
amino acids, Pigments, Bacteriohopanepolyols, Sterols, HBI, Diols, fossil DNA,
etc
K. A. F. Zonneveld et al.
Biogeosciences,
7, 483-511, 2010
→「海洋堆積物中での有機物の変質」に着目したレビュー論文。個人的に最もお世話になった(勉強になった)論文の一つ。海洋堆積物中で有機分子プロキシが被りうる変質の影響について、後半で詳しく解説してある。
[Keywords] Leaf wax (n-alkane etc),
Alkenone (UK37’, D14C), GDGTs (TEX86), d15N
[SST reconstruction]
海洋表層水温(SST)は古海洋学で最も頻繁に復元されるパラメータで、うちの研究室でもサンゴSr/Caや有孔虫Mg/Caを使って復元している人も多いので、特にアルケノンとTEX86のプロキシとしての特性が分かりやすい文献を挙げておきました。
G. Leduc, R. Schneider, J.-H. Kim, G.
Lohmann
Quaternary
Science Reviews, Volume 29, Issues 7–8, April 2010, Pages 989–1004
→HoloceneとEemian(一つ前の間氷期:126-115ka)における、アルケノンと有孔虫Mg/Ca比によるSST復元研究の全球コンパイル。アルケノンによる復元は67地点! Mg/Caと比較してあるので、それぞれのプロキシの特性が分かりやすくなっている。
[Keywords] Alkenone (UK37’)
Jung-Hyun Kim et al.
Geochimica
et Cosmochimica Acta, Volume 74, Issue 16, 15 August 2010, Pages 4639–4654
→TEX86の最新の全球海洋堆積物コアトップキャリブレーション。TEX86の信頼性(特に堆積物中での変質)については激しい議論が現在進行形なので今回は紹介しませんが、TEX86によるSST復元の議論の出発点はまずはここから。この論文以前の復元(特に極域)は、新しいキャリブレーションの式を適用しなおす必要があるかもしれないので注意。
[Keywords] GDGTs (TEX86)
[Isotopes in organic molecules]
古環境プロキシとなる有機分子同位体組成について学べる論文。炭素、酸素、水素。窒素もありますが、まだまだ研究の数が少なく、知見がまとめられた論文が見当たらないので今回は割愛します。
Mark Pagani et al.
Science
2 December 2011: Vol. 334 no. 6060 pp. 1261-1264, DOI: 10.1126/science.1203909
→アルケノン安定炭素同位体組成(d13C)から二酸化炭素濃度を復元する際に必要な補正(細胞サイズ、SST、栄養塩など)や不確定性について、詳しく書かれている。ちなみにこの論文ではEocene-Oligocene境界(~33.7Ma)が対象で、補正項目をきちんと考慮したら、南極氷床形成の直前にpCO2が減少する変動カーブになったという話(それ以前のアルケノンd13Cによる復元では逆にCO2が増えていて謎だった)。
[Keywords] Alkenone d13C
O'Reilly Sternberg Lda S.
New
Phytologist, Volume 181, Issue 3, pages 553–562, February 2009
→樹木年輪セルロースの酸素同位体組成(d18O)の変動メカニズムについてのレビュー論文。この分野ではMcCarroll
and Loader (2004, QSR)のレビュー論文がよく引用されますが、やや古くなった感もあるので、特にd18Oに関する最近の進展がまとめられている論文としてオススメ。
[Keywords] Tree-ring cellulose d18O
Dirk Sachse et al.
Annual
Review of Earth and Planetary Sciences, 2012, in press.
→世界中の脂質水素同位体組成(dD)の専門家が集まって書いた、「脂質dDによる過去の水循環復元」に関するレビュー論文。最近、光合成生物の脂質(葉ワックスのn-alkaneなど)が水のdDを記録していて、降水量など過去の水循環復元に使えそうということで、注目が集まっている。この論文では脂質dDに影響する因子・プロセスが詳細に解説されていて、有用性と限界の両方がまとめられている。
[Keywords] Leaf wax (n-alkane dD)
[日本語]
石渡良志、山本正伸 共編
培風館、pp.291
→まずは日本語で、、、という人はとりあえずこちら。特に8章の「有機分子による地球表層環境の解析と復元」で、古環境復元についてまとめられている。
担当:山口保彦(D3)