9/29/2025

マングローブ研究 in 種子島、奄美大島、石垣島

 こんちには!横山研ポスドクの中村航です。

CREST研究の一環として実施中のマングローブ研究のために、種子島、奄美大島、石垣島に行ってきました。皆さんマングローブはご存じでしょうか?

マングローブは潮間帯(満潮時に海水に浸かり、干潮時に露出する場所)に生育する木本の総称で、日本の琉球列島はインド太平洋域の分布北限に位置しています。マングローブは大気CO2を光合成により吸収し、土壌に有機物として蓄えるブルーカーボン生態系の一つとして注目されています。

一方で、マングローブ土壌はスポンジと比喩されるように、発達した地上根やカニ穴により土壌内部に縦横無尽に穴が開いています。実はマングローブが浸水する満潮から干潮にかけてこの穴が洗い流される現象(”Tidal pumping”と言う)が生じるため、マングローブ土壌に含まれる有機物や、有機物分解により生じた無機炭素(簡単に言うとCO2)と栄養塩が海洋へ供給されます。私の博士研究はマングローブ土壌から海洋に流出した無機炭素の動態を追うというものでした。

マングローブ生態系内の炭素循環

私と横山研の縁は、博士課程1年の冬に以下の論文を読んだところから始まりました。

この論文は、マングローブ研究で著名なオーストラリアのSouthern Cross大学のMaherさんらが書いたもので、放射性炭素年代測定を用いることでマングローブから流出した無機炭素が百年以上前に蓄積した有機物の分解に由来する可能性を指摘したものです。この論文の革新的な点は、世界で初めて海洋を含むマングローブ生態系の炭素循環に”時間”の概念を導入したところにあります。

近年のマングローブ研究の急速な発展は、マングローブの持つブルーカーボン生態系としての側面が大きいところですが(グリーンインフラも)、マングローブが土壌に貯めこんだ有機物のうちどの程度が気候変動の緩和に資するのか(数百年から数千年単位で大気に戻らないのか)を評価することは非常に重要です。一方で、マングローブ研究は森林動態や土壌への有機物ストックに着目したものと、水中における動態に着目したものが独自に発展しており、この2つを繋ぐ研究が圧倒的に不足しています。そのため、Maher et al. (2017)の論文を読み、森林から海までの一連の炭素循環を時間でつなぐことが可能な”放射性炭素”の存在に衝撃を受けました。

私がこの論文を読んだ2022年時には、マングローブから流出した無機炭素の年齢を報告した論文はMaher et al.(2017)の一例のみであり、後続の論文は存在しませんでした。これは、放射性炭素が限られた研究機関でしか測定できないことに起因しており、Maher et al.(2017)でも報告されたデータ数は少なく、本文では”could”をベースに推論として報告されています。

放射性炭素を用いたマングローブ研究を何としても実施したいと考え、国内で測定可能な機関を探していたところ、私が在籍していた東大柏キャンパス環境棟の隣にある大気海洋研究所の横山研究室で測定できることが分かりました。さっそく横山先生にメールを送り、実際に話す機会を頂き、本件を説明したところ放射性炭素の測定を快諾頂けました。私の博士研究で最大の幸運だったと思っています。

その年の夏に石垣島の吹通川河口域にて、土壌とクリーク水、沿岸に生育する海草やサンゴの試料を網羅的に採取し放射性炭素分析を行いました。その結果、夏季の大潮日において吹通川マングローブ林から流出した無機炭素は、数百年前にマングローブが大気から合成した有機物に由来することが判明しました。マングローブから海に水が輸送される下げ潮時に、明確に古い炭素の輸送を確認した際には冗談抜きに震えるほど嬉しかったです。この研究結果は、マングローブからの古い炭素の輸送を報告した世界で2例目の論文として(Maher et al. (2017)の手法をrefineし推論を超えて実証した論文としては世界初)、2025年5月に出版されました。

Radiocarbon analysis reveals decomposition of old soil organic carbon into dissolved inorganic carbon in a subtropical mangrove ecosystem - Nakamura - 2025 - Limnology and Oceanography - Wiley Online Library

20250703|学術ニュース|東京大学大気海洋研究所

前置きが長くなりましたが、今年度はこの研究の更なる発展形として①マングローブ土壌から流出した無機炭素の年代の季節変化を追うこと、②古い有機物の分解に寄与する細菌叢を明らかにすることを目的に調査を行っています。

4月には中島さん(大海研PD)と共に種子島大浦川マングローブ林にて予備調査を行いました。

種子島大浦川マングローブ林内

また、4月、8月、11月、1月に奄美大島住用川マングローブ林での調査を計画しており、4月は横山先生、本田さん(横山研特任専門員)、Shishさん(横山研B4)と、8月はJessさん(横山研D1)とJAMSTECの長谷川さん共に調査を行いました。

奄美大島住用川での集合写真(4月)

住用川マングローブ林での土壌採取の様子(8月)

加えて、7月と1月に石垣島名蔵アンパルマングローブにて調査を計画しており、7月は中島さん、南館さん(元横山研PD、現東大地惑助教)、Catherineさん(横山研D1)と調査を行いました。

名蔵大橋での集合写真

短寿命ラジウム同位体分析のための採水の様子

沢山の皆さんの協力のおかげでプロジェクトは順調に進行しています。今後も、陸海を跨る炭素循環を、放射性炭素を用いて紐解く研究を展開できればと思っています。